2000年4月以前2000年5月〜8月2000年9月〜12月2001年1月〜4月会員ページへメインページへ

ルーマニア便り
桑野 裕介(工H8)

【01/11/10】
 去る10月27日に秋の国内サマージャンプ最終戦、ルーマニア選手権大会がおこなわれました。私の指導する選手たちからは優勝者こそ出ませんでしたが、3クラス(juniori mari/mici, copii mari)でそれぞれ2位という成績はまず妥当なところだったと思います。内容としては3人とも優勝者に引けを取らない良いジャンプでしたが、スモールヒルのため技術的なものが必ずしも飛距離の差に直結しませんでした。それでもチームとしての総合的な成績は1番だったので、団体戦もある冬の選手権が楽しみです。
 その一方、copii miciという11歳以下の選手の育成ができていないという問題も、この秋の結果からはっきりしました。以前から初心者担当コーチが練習に来ないということで、クラブとも相談をすることがあったのですが、結局きちんと改善されないまま、私の任期切れを迎えてしまいました。しかし問題がはっきりしたが故にクラブ側も危機感を感じたようで、やっと初心者育成に本腰を入れようとしています。
 ところで、今回の大会で特に注目を集めたのは、ハルギタ県のギョルゲニから初めてのエントリーがあったことです。ギョルゲニには良いジャンプ台があり、毎年2月には選手権大会を含む数試合がおこなわれますが、経済的な問題で地元クラブCSSギョルゲニではジャンプコーチを雇用できず活動していないと聞いていました。地域住民のジャンプへの関心も高いだけに、私も非常に残念に思っていました。
 しかしこの春からコーチ不在のままジャンプチームが活動を始めたそうで、それが今回選手2人(共にjuniori mici)の初エントリーへと繋がりました。ギョルゲニにはサマージャンプ台がなく、前日にサチェレ入りし数本練習しただけだったため、2人とも成績は下位でしたが、それでも彼らの挑戦には特に関係者の注目が集まっていました。
 11月に入ってからはシーズンインに向けて少し陸トレ重視のメニューをこなしながら、十分に積雪するのを待っています。先週はルシュノフでも少し雪が降り、逆にそれがアプローチのコンディションを不安定にして、そろそろサマージャンプができなくなりつつあります。11月末からは代表チームが国外での雪上合宿を予定していますが、今シーズンの世界ジュニアには、ジャンプからも2人代表を送る予定だそうです。
 ぼちぼち日本に向けて荷物を送っていますが、これからますます寒くなっていくことを考えると冬物衣類を送ってしまうわけにはいかず、あまりはかどっていません。どうやら帰国直前に慌しく荷造りしなければならないようです。

   


 10月28日にはルシュノフでフォークロアショウがあり、会場のルシュノフ城はたくさんの人でにぎわっていました。最近のルシュノフ市は、ジャンプやバイアスロンの競技施設改修や大会開催などスポーツ振興だけでなく、ルシュノフ城の改修やその他観光イベントの開催にも力を入れている様子で、このフォークロアショウも今回が初めての開催ということでした。
 内容はトランシルバニア地方の伝統的なダンスや歌、あるいは少し現代風にアレンジしたようなものなどで、てっきり地元の愛好家が出るのかと思っていたらそうではなく、有名なグループや歌手が来ていました。フォークロアの宝庫として知られるルーマニアですが、地域ごとに少しずつデザインが異なる民族衣装は非常に興味深く、この日はついついたくさん写真を撮ってしまいました(後で見ると何となく同じようなのが多くて・・・)。
 しかし私がカメラを持っているのを見ると、周りの子供も大人も、知っている人も全然知らない人も、「撮ってくれ!撮ってくれ!」としつこくせがむのでかないませんでした。こちらの人々にとっても写真1枚の値段はそれほど高くはないのですが、24枚とか36枚となると結構バカにならないですし、そもそもカメラやフィルムが他のものに比べてかなり高いので(日本と同じか高いぐらい!)、特にルシュノフのような少し田舎の人たちは写真を撮る機会があまりないようです。
 1枚や2枚なら撮ってあげても良いのですが、誰かを撮ると近所の人々みんなが自分も撮れと言ってくるため、なかなかそういう訳にもいきません(枚数を想像するだけでゾッとします)。たいがい「お金払うから」とも言ってくるのですが、やっぱりあまりアテにはならず、後で欲しくもない写真が何枚も手元に残ってしまうこともあるので、残念ながら近所では写真を撮らないようにしていました。ルシュノフには色々絵になりそうな景色もあるし、写真を撮ってみたいと思わせる人もたくさんいるのですが・・・。
 あるいは以前ブカレストから他の協力隊員が遊びに来た時に、近所の子供達と一緒に何枚か写真を撮っていったのですが、それからというもの道で私を見かけるたびに「ブカレストには行った?写真はいつもらえるの?」と、写真が手に入るまでの半年ぐらい毎日みんなそればっかり。おいおい、昨日も一昨日も君らとはルシュノフで会ってるやろ(笑)。ルーマニア人ってこんなに粘り強かったかな?と、別の一面を発見した気分でした。
 すっかり話がそれてしまいましたが、フォークロアショウは見ごたえがありました(夕方からは日がかげって寒かったので、実は途中で帰ってしまいましたが)。出演者も意外に豪華な顔ぶれで、来年以降も続いていけば、もしかしたら将来は観光客を呼べるようになるかもしれません。
 ルシュノフ、結構良いところなんですよ、本当に。でも、私の知人はルーマニア人も日本人もみんなこう言うんです、「この前ブラン城に行く途中にルシュノフの横を通ったよ。」「それやったらついでにルシュノフにも寄って行けよ!」と思わず突っ込みたくなります。
 でも極端に観光地化が進んでしまうのも心配です。なんでもせっかく中世そのままの規模で要塞都市が残っているシギショアラに、"ドラキュラ・パーク"とかいうテーマパーク(というかただの遊園地?)ができるのだそうです。ニュースで見た限りでは、せっかくの落ち着いた雰囲気を台無しにしてしまいそうで、非常に残念な気がしました。
 去年の夏にはなかったルシュノフ城の売店で、最近城壁マーク入りの灰皿や財布が売られているのを見た時のガッカリした気分を思い出します。資本主義の発展は均質化を伴うしかないのでしょうか。"フォークロアの宝庫・ルーマニア"も、何年か後にはすっかりその姿を変えてしまうのかもしれません。


   



【01/10/23】
 今を逃すともう登る機会はないと思い、先日一泊二日でブチェジ山に登って来ました。最大の目的は、晴れればドナウ川流域まで見えるというオム峰(Vf.Omu 2505m)からの眺望でしたが、あいにくオム峰周辺だけがすっぽり雲の中に隠れていたために、その望みは果たせませんでした。もう一泊して天候の回復を待ってみようかとも思いましたが、クラブからの呼出の電話でやむを得ず下山。2回目の挑戦でしたが今回も天候に恵まれませんでした。

 ところで手元の『地球の歩き方』には、ロープウェイ山頂駅(Cota2000)からオム峰(オウム峰ではありません!)まで徒歩2時間30分となっていますが、これは結構速いペースだと思います(手ぶらで小走り?に近いかも)。防寒具や行動食程度の軽装備でも、普通に歩くと3時間から4時間ぐらいかかるのではないかと思います。ルーマニアのガイドブックでは、4時間15分から5時間15分となっています。また現在ロープウェイ中間駅(Cota1400)から上は運休していますので、登ってみようという方はご注意を。山小屋は何軒かあって、割ときれいで安い(200〜500円弱)ので、高地に馴化するという意味でも一泊してゆっくり回る方が良いかもしれません。

 帰国が迫り、そろそろ荷物の発送を始めています。元々ルーマニアの郵便事情は今一つ信頼できない上に、最近はテロの影響で国際郵便が遅れがちらしいので、本当に日本に届くのかが心配です。後任のジャンプコーチの要請については国際協力事業団のホームページ上で確認できますので、もし興味のある方がいらっしゃいましたらご覧下さい。


   

   


【01/10/15】
 長らくご無沙汰しております。その間に季節はすっかり変わってしまい、毎日少しずつ肌寒くなってきました。
 夏が終わり、先日山の放牧地から牛たちを下ろすことになったのですが、あいにくホームステイ先家族が秋の収穫のためにバカウという町に行っていたため、私が牛を引き取りに行くことになり、ついに牛飼いデビュー?を果たしました(棒切れ持って1kmほど牛3頭を追いかけて歩いただけですが・・・)。

 さて、この夏はどこか旅行に行きたいと思っていたのですが、結局休みそびれてどこにも行くことができませんでした。
 海合宿の少し後、2週間の陸トレ合宿を軍関係のバイアスロンコース内でやることになっていたのですが、当初外国人は宿舎を使用できないと聞いていたので、その合宿中に休みが取れると楽しみにしていました。
 しかしその日の朝になって急に「外国人でも問題ない」ということを言われ、しかも子供たちと合宿に入るのが自分1人だけと聞かされ2重のショック(合宿に入るのが面倒くさくなったコーチが、急遽私をメンバーに突っ込んだような・・・)。山の中なので子供たちも“ある程度”素直に練習してくれたし、宿舎も結構きれいで居心地も良かったのですが、山なので宿舎の水道の水圧が低くめったに水が出なかったのと(当然お湯はないです)、昼食は町のレストランまで徒歩往復1時間半、夕食と朝食はレストランで受け取ったパンとハムというのには参りました。
 あるいはその合宿終了後、同僚コーチの引率で1週間ほどウクライナに遠征に行くという予定だったので、「どうせその時休めるからいいか」(今の私の公用パスポートではウクライナには入れません)と思っていたのですが、クラブにお金がなかったのか、いつの間にか立ち消えになってしまい、またまた休みそびれてしまいました。
 代表チームの遠征にもウチのチームから何人か行けそうだったので、そっちでみんな遠征に行ってくれればもっと良かったのですが、結局ウチからは1人しかメンバーに選ばれず、悔しいやら休めないやらでまたガッカリ。遠征に連れて行くと言われ続けていた選手何人かが、結局最後まで連れて行ってもらえなかったことに怒って、その後数日間練習に来ないということもありました。
 そんなこんなで、ルーマニアの長い夏休みシーズンも終わってしまいました。まあ学校があってもなくても、毎日練習なのは変わりませんが。毎日練習があると言っても、こちらの人はその日の気分で行動しているようなところがあるので、他のコーチや選手は適当に休んでいました(突然ドナウデルタまで1週間ほど釣りに出かけた、とか)。また、夏の終わり頃からは牧草を刈り集めたり、イモやブドウの収穫やキノコ狩り(今年はたくさん取れるようです)などで忙しく、必ずしも毎日みんなが練習に出てくるわけではありません。
 私もある程度好きにやって問題はないのですが、いったん「練習をやる」ということが決まると、特別な用事でもない限り何となく休むことができなくなります。十分承知していながらも休み切れない時、「やっぱりラテンに馴染んでいないなあ」とつくづく思わされます。




 夏休みが終わって、10月中は毎週末サマージャンプの国内大会が開催されています。現在国内には私の住むルシュノフと、少し離れたサチェレという町の2ヶ所にサマージャンプ台があるのですが、移動の足が同僚コーチの自家用車(5人乗り)しかないため、サチェレには選手6人(合計7人?もちろん“法規上”定員オーバーです)前後までしか連れて行くことができず、私はたいがいルシュノフに残っています。試合前の練習にも、ガソリン代がないため頻繁にはサチェレに行くことができず、慣れないうちの選手たちは毎試合苦戦しているようです。
 逆に14日にルシュノフでおこなわれた“クパ・ルシュノフ”では地の利を発揮し、4クラス中優勝2名、2位2名をルシュノフの選手が占めました(サチェレから来た選手は勝手が違うのか転倒が多かったです)。ジュニオリ・マーリという1番年齢が上のクラスで、この夏代表に入れなかったうちの選手が、代表チームの選手を飛距離で押さえて優勝したのが、特に嬉しかったです。この秋ルシュノフではこの1試合しかおこなわれません。何とかサチェレの台の特徴をつかんで、最終戦28日のルーマニア選手権でも表彰台に上がってもらいたいです。

 任期終了・帰国まで残すところあと約2ヶ月弱となりました。帰国便の予約も完了しましたが、年内には日本に戻っているんだと思うと、楽しみというよりも日本の変化に適応できるのか不安な気がします。また、このところアメリカとタリバンの戦争がニュースにならない日はありませんが、帰国に影響が出ないか少し心配です。日本の状況はどうでしょうか。私が住んでいるのは田舎のため、周囲の人たちは怖いニュースだとは思いつつも遠い国の話という認識で、最近は少し関心が薄れてきたように思います。中には地理的にアフガニスタンは日本のすぐ近くだと思っているような人もいます。

   

写真の説明
 ルシュノフ市からの援助でジャンプ台の改修をしました。今回の主な改善点は、小ジャンプ台インランのサマージャンプ対応、ジャンプ台散水用の水道設置、門の設置、道路整備(砂利を敷いた)などです。ルシュノフでサマーバイアスロンのバルカン選手権がおこなわれたことなども影響して作業が遅れ、サマージャンプ大会の開催が2週間も遅れましたが、何とか無事に終了することができました。


【01/07/29】
 6月は中旬以降しばらくはげしい土砂降りの雨が降り続き、あまり練習らしい練習ができないまま過ぎてしまいました。ひどい時には増水のためジャンプ台の一部が上流からの土砂に埋まったりもしましたが、幸い大した被害はありませんでした。
 今週はドイツ、ポーランドでの合宿を直前に控えたジュニア代表チームが練習に来たため、うちのチームでも久しぶりにサマージャンプをしました。来週末ごろからは少し陸トレ合宿を組んだ後、予算がつけばさらに何人か次のポーランド合宿に参加することができるかもしれません(今回の代表にはうちからも1名参加しています)。

 さて、結局クラブの海合宿は6月末から8月まで4グループに分けておこなわれることになりましたが、ジャンプから6人の選手が参加することになった7月9日から18日までのグループに私も参加してきました。行き先は黒海沿岸のコンスタンツアでした。総勢22名で、引率がレスリングの若手コーチと私の2人だけだったため予想以上に大変でしたが、なんとか大きな事故もなく無事にルシュノフに戻ることができました(飲酒、喫煙、夜更かし、etc.で何度かゲンコツをくらわせはしましたが・・・)。
 去年はクラブのポンコツマイクロバスで往復したそうですが、今年は幸い?なことにバスの調子が悪く、ゆったりと片道8時間弱の列車の旅となりました。宿舎は現地のスポーツ学校の寮で、部屋も共同トイレもかなり汚く、さらに大部屋に隙間なく9台のぼろいベッドを詰めこんでの生活だったので、快適というには程遠かったものの、食事はまずまずだったので救われました。
 早朝練習の後、日中は毎日ママイアという浜(写真)に遊びに行きました。周囲には大きなホテルやレストラン、バー、ディスコ、遊園地などもあるリゾート地で、毎日大勢の海水浴客でにぎわっていました。肝心の海は黒海というだけあって海水の透明度が低く、あまり日本人好みではないかなとも思いましたが、しかし『晴天率が高い』という日本の雑誌の情報は本当のようです。10日間で最初の日に曇った以外は毎日ずっと快晴でした。ちなみにルシュノフではいつも『晴のち曇り時々雨』といった感じの、『山の天気は変わりやすい』の見本のような天気が多いです。ここにもトップレスの女性はたくさんいましたが、話によると近郊には本当の"ヌーディストビーチ"があるそうです。
 「海に連れて行かなければクラブをやめる」とまで言っていた子も何人かいましたが、いざ来てみると疲れたとか風邪をひいた(宿舎のシャワーが冷水しか出なかったので)とかで、意外と宿舎に残る子が多かったです。しかし引率者としては子供だけで海に行かせるわけにもいかず、毎日午前と午後、路面電車に乗って浜まででかけ、夕食後には疲れてうたた寝という生活が続きました。個人的には毎晩寝苦しいほど暑い海よりは、ルシュノフのような涼しいところでのんびり過ごしたかったのですが・・・。



 ところで、ルーマニアでは男性の髪型は短髪が多いのですが、選手たちもたいてい丸刈りにちょっと前髪がついた程度にしています(日本の野球部などのようにそう決まっているわけではないです)。でも、毎晩ディスコなどに出かける前は坊主頭のくせに櫛にべったり整髪料を塗りつけて、みんな一生懸命に固めていました。はっきり言って固めるほどの髪の毛もないので、見ていていつも可笑しかったです。他にも制汗クリームやらコロンやらをたくさん使っておめかしをしていましたが、服装は変な迷彩服もどきや(練習用とは別の)ジャージの子もいて、これもまた可笑しかったです。ピアスやネックレスなどは、つける子はいつもつけているのですが、練習には穴のあいた靴や服で来ることも多いので、そんな彼らでも出かけるときにはそれなりに気を使っているんだなあと改めて感心しました(センスが良いとは思えませんでしたが・・・)。
 そう言えばいつものび放題の私の髪の毛ですが(ルシュノフに来たばかりの頃は、よく女性と間違われました)、最近もまた4ヶ月近くほったらかしです。うっとうしいのでそろそろ短く刈り込みたいのですが、ルシュノフの散髪屋はあまり衛生的ではなく、道具もぼろくてしかも下手なので、何となく不安になりいつも行きそびれてしまいます。残念ながら散髪の爽快さはどうあがいても日本にはかないません。




  


【01/06/11】
 ご無沙汰しております。ルシュノフではここ1週間ほどは雨も降らず晴天続きで、すっかり夏のような暑さです。つい最近までは朝晩の冷え込みにふとんから出るのが辛かったのが信じられないぐらいです。
 さて、ルシュノフのジャンプ台の改修作業は、町からの資金援助が得られたこともあり、予想していたよりしっかりとしたものになりました。アプローチにはセラミックではなくガラス(中に金属の補強が入った学校でよく見かける凹凸模様のタイプ)が敷かれていますが、選手たちによると滑り具合は良いようです。6月2日には無事サマージャンプ大会も開かれ、地元のCSSルシュノフ勢が活躍してくれました。現在は今月末ごろに予定されている代表チーム選考に向けて、ジャンプ練習などをしています。
 ルーマニアでは今週で学校が終わり、9月まで夏休みになります。クラブの会議でも海合宿の話題が出るようになりました。今年は6月末と8月中旬の2グループに分けておこなうようですが、昨シーズン大会がなかったため成績のつかなかったジャンプからは、もしかするとほとんど選手を連れて行ってもらえないのではと心配しています。

  


2000年4月以前2000年5月〜8月2000年9月〜12月2001年1月〜4月会員ページへメインページへ